昨年10月6日の「環境音楽2005」で、ピーター・バラカン氏は“今一番好きな音楽”として西アフリカのコラをあげていました。その時紹介された曲は、繊細な音と快いリズムが心身を心地よく満たしてくれ、さすがに世界の音楽に通暁するバラカン氏ならでは、と思わせてくれるすばらしい音楽でした。そのコラの演奏会が、2月10日(金)、東京銀座・王子ホールで開かれます。ここでは、ギニア出身でパリ在住のジェリ・ムサ・ジャワラが、マンデ族に伝わる伝統的なグリオの弾き語りと、その現代風なアレンジやオリジナル作品など幅広い音の世界を披露してくれます。
〔コラとグリオ〕
コラは、700年もの伝統を持つマンデ族の音楽継承者グリオ(伝統的語り部)の弾き語りに使わる楽器で、セネガル瓢箪に棹を刺し、その上に20数本の弦を張る、ハープに似た楽器です(アフリカン・ハープとも呼ばれます)。両手の中指・薬指・小指でネックを持ち、人差し指と親指で弦をはじいて音を出します。楽器は全てグリオ自身が作ります。
グリオは、いわゆる中世に、西アフリカの群雄割拠の時代を制して成立したマリ帝国とその末裔たちの建国譚、英雄譚、伝説などを伝える語り部です。当時、彼らは文字を持っていませんでした。彼らにとってグリオの語りは、自分達の歴史そのものだったと言えたでしょう。従って、ダンスや民謡など楽しみのための音楽とは異なり、代々世襲でその伝統は大切に守られてきました。現代では、モリ・カンテに代表されるように、伝統を受け継ぎならがも、ジャズをはじめ他のジャンルとも融合し、さらに多彩な音楽の世界を展開しています(マンデ・ポップス)。なお、ジェリ・ムサ・ジャワラはモリ・カンテの異父弟にあたります。
〔コラの音楽〕
コラの音は、日本の琴に少し似ていて、透明な繊細を持ちながら豊かさをも感じさせてくれます。楽器はとても大きいのに音は大変に小さく、音響の良さでは定評のある王子ホールでも、今回コラに限りPAを使用するということです。銀座という世界でもまれなる大都会の一隅で西アフリカの民族の歴史が語られていくという特別な時間。過去と現在が繋がる瞬間が、そこに現出します。
コラの音楽は、語られる言葉も含めて我々日本人には当然なじみがなく、語りとしてよりはひとつの音楽、歌としての認識が勝ると言えます。しかし、音や声に耳をそばだてることがなくなってしまった今日、語りの中に籠められた西アフリカの人々の700年の想いに、いつもより深く耳を傾けてみるのもいいことかもしれません。
ジェリ・ムサ・ジャワラのコンサートは、王子ホールの新しい企画『音の世界遺産』(監修:民族音楽プロデューサー 星川京児)の第1回目となります。この企画は年1回程の開催で、今後はインド、東南アジア、中近東の音楽なども取り上げる予定だということです。
〔王子ホール〕
王子ホールは、銀座4丁目という一等地に聳え立つ王子製紙本社ビルの2階・3階にあります。企業メセナの精神から、オープン(1992年)以来、315席という“小さなホール”の利点を十二分に活かし、他では聞くことのできない独自のプログラムを提供し続け、高い評価を得ています。プログラムはクラシック音楽が中心ですが、最近はジャズ、ポップス、ボサノバなどを擁するシリーズ(Gラウンジ)も新たに加わりました。『音の世界遺産』シリーズもそうした動きの一環で、同ホールの藤田敬広報部長は、各シリーズの内容を充実させることはもちろん、古楽などの新たな分野も視野に入れていきたいと、熱く語っていました。(資料提供:株式会社王子ホール)(S)