JAPAN BGM ASSOCIATION.

■エッセイ・コラム

コントラバスってなんですか?
コントラバス奏者・作曲家 溝入敬三

「大型の乗り合い自動車がバス、風呂のことを英語でバス、アメリカ、カナダの川釣りで有名なのがブラックバス、バスコ・ダ・ガマは喜望峰回りのインド航路、でもコントラバスってなんですか? このタンスみたいな楽器のこと? ベースに似てますね。」


やれやれ。はっきり申し上げて、ベースとコントラバスは同じ物です。指でボンボンはじいても、弓でブーブーこすっても、同じ楽器です。クラシック音楽では、ヨーロッパ風にコントラバス、一方ジャズ、ポップスは、ほとんどアメリカからの輸入ですので、アメリカ風にベースと呼ぶことが多いだけのことなのです。コントラバスなんていう舌を噛みそうな長い単語がうっとおしいのでベースと呼ぶのかも。以下cbとしましょう。


さてこの大きなcbですが、独奏することもあります。だってジャスではベースソロなんて当たり前のことじゃあないですか。ちょっと指折ってみてもポール・チェンバース、レイ・ブラウン、チャールス・ミンガス、スコット・ラファエロ、ロン・カーター、デイブ・ホランドと、ベースは花形楽器です。重ねて申し上げますが、ベースとcbは同じ楽器ですから。そのはずなのですが、クラシックのcbは、オーケストラを最低音域で支え続け、縁の下の力持ちを余儀なくされております。目立たないけれど体力は使い、気も使い、肩が凝って、目が霞み、頭痛持ちで、腰痛持ち、酒量が増えれば、タバコも増えて、給料が安いわ、子供は泣くわ、奥さんが怒鳴るし、ローンがちらつく、犬も吠えれば猫も鳴くというぐあいで・・・まあ、みんながみんなそうではありませんが、努力の割に報われない仕事なのです。


オーケストラ課外活動としてのcb独奏は、バロック時代17世紀の昔より行われていたとの古文書が残っておりますから、たかだか20世紀になってから生まれたジャズなどとは歴史が違うのであります。また数多くの歴史的名手により華々しい成功を収めたという独奏曲も多数発掘され、現在は世界中から独奏家も雨後のタケノコのように現れ、演奏会も激増、CDもチェックしきれない程発売されているのですが・・・あまり面白くないのです。中には、たしかにわずかばかりの優れたものもありますが・・・あまり面白くないのです。またあるものは宴会芸※でバカバカしいのであります、と私は思います。


コントラバスならではの表現を模索しなくては! そこで私は今、言葉と楽器との融合に夢中です。最初に作ったのが「小吉の夢」(2003)で、これはcbに生まれた小吉の悲劇と旅立ちを、一人の演奏家がcbを演奏しながら語り、歌う曲です。音と言葉が対位法的に絡み合いながら物語を進行させますので、いわゆる弾き語りとは少し違うものだと思っています。初演以来もう10回は演奏しているでしょう。私のささやかなヒット曲、重要なレパートリーの一つです。


また、この系列の先駆けとして、米国のトム・ジョンソン作「失敗」(1975)という曲があります。演奏者は、最初から最後まで、書かれたテキストを早いスピードで読み続け、また同時に難解な楽譜を演奏し続けなければなりません。しかし失敗がテーマの曲を、もしも完璧に演奏したとしたら、それは失敗するという目的に成功したと言えるのだろうか? では成功するためには失敗すべきなのか? しかし故意に失敗したとしたら、それは本来の意味における失敗とは違うし・・・と深く、浅く、哲学させられる曲なのです。


この2曲は、右手と左手で同時に丸と三角を、しかも早いスピードで描き続けるような超絶多重課題曲です。譜面を見ただけでゾッとしますが、少しずつ練習して行くうちに、長い時間を要しますが、或瞬間から突然、手と言葉が独立して動き始めるのです。感覚的な話ですが、右脳(音楽)と左脳(言葉)がそれまでずっと拮抗していたのに、何かの切っ掛けで突然独立して働きだし、音と言葉が、恰も立体写真の映像を結ぶように劇的に立ち上がってくるのです。こうなればしめたもの。聴衆も、ふっとこの二重螺旋階段を登り始めたら最後、あれよあれよといううちに、楽しいコントラバスの大冒険に乗り出すことになるのです。


あれもこれもと喋りたいのですが、残念ながら紙面が尽きました。もしこんなことに興味がおありでしたら、拙著『こんとらばすのとらの巻』(春秋社刊)も覗いてみて下さい。(CD『コントラバス小劇場』ZIP0009ラッツパックレコードには「小吉の夢」「失敗」を収録)


溝入敬三(みぞいり けいぞう)プロフィール

コントラバス奏者、作曲家。1955年広島県福山市生まれ。東京芸術大学卒業。独ダルムシュタット国際音楽研究所よりクラニッヒシュタイナー音楽賞、日本現代音楽協会より作曲新人賞、第十回朝日現代音楽賞受賞。仏アヴィニョン国際コントラバスフェスティバルBASS'94のゲストソロイスト、95-96年文化庁芸術家在外研修員としてカリフォルニア大学サンディエゴ校に留学。

CD『コントラバス颱風』『コントラバス劇場』、著作『こんとらばすのとらの巻』(春秋社刊)。
作品:“歩きませんか?”女声合唱とCb、“びわぼん”女声合唱とイングリッシュホルン、“ともだちのともだち”篳篥とオーボエ、“アロング・ザ・リヴァー”Cbと管弦楽、“小吉の夢”Cbソロ等がある。