JAPAN BGM ASSOCIATION.

■エッセイ・コラム

言葉を発するということ、言葉を表出するということ
平河町クリニック 院長 高草木護

漢字にしろエジプトのヒエログラフにしろ、その成立過程や淵源をたどる作業は、魅惑に満ちたものであります。一方、ひらがなやカタカナさらにはアルファベットの様な抽象化された文字の場合はいかがでありましょうか。もちろんロマンに満ちたものであることに変わりはありませんが、なかなか取っ付きにくい面が出てきます。


抽象化された文字は、音(おん)を本当に表現しているのでありましょうか。さらに一体その本質とは何なのでしょうか。


それを考える上で参考になりそうな実験があります。箱を取り除いたスピーカーユニットを、音が上に向かって出るようにセッティングします。その上に平らな板を乗せ、さらにこの板の上に砂を一様にふり掛けます。そしてスピーカーユニットから、「あー」、「いー」、「うー」等々、音を出します。そうしますと砂は踊るように文様を描くでしょう。さてその姿や如何に。


このような二次元の表現には飽き足らず、三次元的手法で取り組んだ方法があります。タバコの煙りを使った方法です。タバコを吸いその煙りを口に含んでおきます。そして音(おん)を発すると共に煙りを吐き出します。さて空間にはいかなる形が現出されてくるのでありましょうか。


差し当たりこの二つの方法で、音(おん)と抽象文字との関係について、あるいは音(おん)の本質というものにどこまで迫れるでしょうか。


いずれも、音(おん)と抽象文字の関係を解明すべくなされた実験であり、興味深いものではありますが、写真で結果を見る限り、どうも音(おん)と文字との関係を明確にするものではないように思われました。


そこで、次に本質に迫るという意味で、一つの興味深いと思われるものを紹介したいと思います。オイリュトミーというものです。ドイツ語でEurhythmie(オイリュトミー)、英語でeurhythmy(ユーリズミー)と呼ばれます。これは、日本でもシュタイナー教育で有名になりつつある、ルドルフ・シュタイナーの創始になるものです。


オイリュトミーは、アルファベットの各文字を、人間の全身、特に手足胴で表現するものです。全てのアルファベットにそれぞれ形が対応しています。例えば、「A(アー)」は、両腕を斜め上に上げた動作ないしは両腕を斜め下に開いた動作、あるいは腕でなくても両脚を左右に開いた動作でも表現されます。シュタイナーによれば「A」は我々人間を成立させている根源的な音であります。「B(ベー)」は両腕で赤ちゃんを包み込むような動作をします。「E(エー)」は両腕を伸ばして交差させる動作が代表的です。「E」は、一つに、人間が両眼で立体視する機能と関係するということです。「G(ゲー)」は観音開きの扉を押し開くような動作をします。開く、明けるという意味がある由です。「Ⅰ(イー)」はキオツケの直立した姿勢や手旗信号の「イー」のような姿勢で表現します。この「Ⅰ」は人間の直立させる力や日中目覚めさせている力に関係すると言われています。


このようにアルファベット26文字のそれぞれ全てに動作が対応しています。シュタイナーはドイツ語圏の人ですのでアルファベットについてしか語っておりません。しかし日本語はもちろんアルファベットで表現できますので、オイリュトミーでの表現も可能です。


文章をオイリュトミーで表現する場合は、記されてあるアルファベットの音(おん)の一つ一つを身体で表現していきます。例えば、「Ichliebedich」は、「I」「C」「H」、「L」「I」「E」「B」「E」、「D」「I」「C」「H」を順々に表現する訳です。ゲーテの詩などもこのやり方で表現することができます。詩を、書かずに、あるいは朗読によらずに、身体で表現出来るのです。さらに動き回ることを加え、舞台一杯でそれが表現されますと、さながら舞踏のようです。詩の舞が出来上がります。


文字、言葉、口で音に出すこと、話すこと、これ等を考えることに興味は尽きません。自分の中の生まれたものを言葉で語ること、文字で書き記すこと、この営みは知りうる限り数千年の長きに渡りなされてきたことです。あるいはもっと前からでしょうか。翻って考えてみれば、ここでようやく我々は、オイリュトミーにより、もう一つの表現手段を手に入れたことになるのでしょうか。


高草木 護(たかくさぎ まもる) プロフィール

http://www.e-doctors-net.com/chiyoda/hirakawachou/index.html
群馬大学医学部卒、 小児科において6年間研修。 一般内科、神経内科において約17年間研修、途中4年間人智学(Anthroposophie)研修のためドイツ留学。
・日本神経学会専門医
・日本内科学会認定内科医
・元日本小児科学会認定医
・人智学医学ゼミナール(フィルダーシュタット)修了