JAPAN BGM ASSOCIATION.

■エッセイ・コラム

体内のリズム~体内リズムの不思議
早稲田大学スポーツ科学学術院客員教授 渡辺尚彦

音楽にリズムがあるように、私たちの体内にもリズムがあります。血圧、脈拍数、ホルモン、体温などには昼間高く夜低くなる一日のリズムがあります。このリズムは体内時計で調節されます。この体内時計は、24時間より少し長い約25時間に近い周期があります。つまり、私たちが日常使っている時計と多少ずれています。時計と体内時計にずれがあるのに、体調は崩れないものでしょうか? 答えは、「崩れません」。それどころか、私たちは体内時計と実際の時計とのずれを調節する特殊能力を持っているのです。


しかし、この調節がうまくいかない場合があります。外国に行った時に起る時差ぼけです。ジェット機で外国に行くと、現地時間と体内時計が合わなくなります。とりわけ、東方飛行をした時に時差ぼけはひどくなります。日本からアメリカに行ったり、ヨーロッパから帰国した時の時差ぼけはひどくなります。我々は、夜更かしは平気ですが、早起きは苦手です。早く起きても体は寝ています。このように、時計と体内時計の調整がうまくいかないのが時差ぼけです。それでは、時差ぼけが治るにはどれくらい時間がかかるのでしょうか? 答えは「時差1時間当たり1日」、例えば時差7時間だと7日かかります。ただし、これには個人差があり、時差ぼけをほとんど感じない人もいます。


それでは、私たちが、時間を知ることが出来ない場所にいたとしたら体内リズムはどうなるのでしょうか? つまり、外から光も音も入ってこない洞窟に入ったとしたらどうでしょうか? 答えは「洞窟に何日もいると、体内リズムの周期は24時間より少しずつ長く伸びて、本来の体にある固有のリズムになります」。アメリカ、ニューメキシコ州で100日以上洞窟に入っていた女性がいます。その時のデータでは、血圧と脈拍数の周期が少しずつ伸びていました。光や音など外部の影響を受けないで固有のリズムになることをフリーランニングといいます。これは、生体内リズムがある証拠です。


このように、生物の体の仕組みを時間で捉えようとする学問を「時間生物学」といいます。アメリカ、ミネソタ大学のF・ハルバーグ教授は、この時間生物学の三大偉人の一人で、“時間生物学の父”とも呼ばれています。彼は、ネズミの白血球を1時間ごとに数え、約24時間の周期を持ってその数が変化することを見出しました。さらに白血球以外にもいろいろな生体内の出来事を調べて、生体内のリズムが約24時間の周期を持っていることを発見しました。このことから、ラテン語のサーカ(約)とディアス(一日)をつなげて「サーカディアン・リズム(約一日のリズム)」という言葉を提唱しました。ハルバーグ教授は、この研究でノーベル医学生理学賞に2回ノミネートされています。


さて、洞窟の中では光や音といった時間の手がかりはありません。しかし、現代社会は、光や音があふれ、夜中まで明るい場所で生活しています。このような状況下で登場した現代病があります。それが、「睡眠相遅延症候群」です。この病気では、例えて言えば、日本にいながらロンドンで生活しているかのような体のリズムを示します。午前3時を過ぎても寝られず、朝も起きられないという不眠症の一種で、体内時計が昼夜逆転してしまう病気です。この病気が原因で不登校になることもあります。私も以前この病気になったことがあり、朝4時半になっても寝られず、職場に行くのが困難で遅刻ばかりしていました。


私は、30分間隔で測る血圧計を1987年8月22日から付けていて、この8月でちょうど18年になります。この記録を後に分析したところ、体内時計が昼夜逆転する睡眠相遅延症候群が突然起こったことが、データに表れていました。この頃は、夜中の12時に頭が冴えて、昼間は夜明けのガス灯のようにぼーっとする状態がずっと続きました。幸い10ヶ月後のある日、あまりに疲れて早く寝たところ、翌日この病気は治りました。深夜まで仕事や勉強をしているとなる病気です。体内リズムも音楽と同じように綺麗なハーモニーを保たないと、体に変調を来たします。現代人はこのハーモニーを壊しがちなので、生活のリズムには気をつけましょう。あっ、もうこんな時間! つい原稿に夢中になって午前0時を回ってしまいました。もう寝ます。それではみなさんも、生活のハーモニーを壊さないよう、お早めにおやすみ下さい。


渡辺尚彦(わたなべよしひこ) プロフィール

自ら、携帯型自動血圧計(ABPM)を装着して19年目、世界記録を更新中。高血圧をテーマに、リラックス療法、減塩両方、運動療法、薬物療法を行い、また、近年注目を浴びている睡眠時無呼吸症候群に対する治療にも取り組んでいる。高血圧治療に対する信条は、「高血圧と戦う選手は患者さんで、医療スタッフはあくまで応援団、主役はあくまで患者さんである」「努力なくして(余病を起こさないという)ご褒美なし」「塩分をほしがりません、勝つまでは」などである。薬を飲まないで血圧を下げる方法「渡辺式血圧を低下10か条」「渡辺式減塩法」等を提唱している。

1978年聖マリアンナ医科大学医学部卒。1984年同大大学院博士課程修了。医学博士。現在は、早稲田大学スポーツ学術院客員教授(専任扱い)、東京女子医科大学東医療センター内科専任講師。循環器学会専門医、内科認定医、老年医学専門医、感染症学会専門医。著書に『血圧を下げる―薬を飲まずに高血圧を治そう』(小学館 2005年)など多数。

※上記文中にある「渡辺式血圧を低下10か条」を元に、平成19年7月、自作自 演のCD『渡辺式 血圧を低下音頭』を制作。全国展開を図っている。このCDの 話題でNHK『ためしてガッテン』に出演、9月5日に放映予定。

渡辺式 血圧を低下音頭』 歌詞 フリ1(通常) フリ2(椅子にこしかけて)
渡辺式 血圧を低下音頭試聴サンプル(MP3形式 3.3MB)
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