ここ数年“ユニバーサルデザイン”という言葉が盛んに使われるようになってきた。これは簡単に言えば“すべての人のためのデザイン”のことである。
これまで長い間,健康で活動的な男性を主な利用者と想定してあらゆるものが作られてきた。体力や体格の違う女性や高齢者,子供や障害を持つ人々のことは考慮されず,健康な男性がケガをすることすら想定外として様々なデザインが行われてきた。そしてそれが当然と思われてきたのである。障害を持つ人や高齢者のためのデザインは特別なデザインとして“バリアフリーデザイン”と呼ばれた。
ユニバーサルデザインとは,バリアのない生活環境を最初から構築しようとするデザインである。単なる理想と思われるかもしれないが,全ての生活環境でユニバーサルデザインが実現されれば,基本的にバリアフリーデザインは必要ない,と考えることができるのである。
公共空間の音環境デザインに携わってきた私が,ユニバーサルデザインに出会ったのは5,6年前。それまでも言葉は知っていたし,音環境にもユニバーサルデザインが必要だと感じていた。音環境デザインが目指すのは,本当は音環境のユニバーサルデザインでなければいけないとも考えていたが,なかなか具体的な手法や概念がまとまらなかった。
2000年に交通バリアフリー法が施行され,2002年には視覚障害者のための音による移動支援に関するガイドラインが作られた。主に駅において,改札やトイレ,プラットホーム上階段の位置案内など,あちこちで音声やサイン音を流そうというものである。しかし,このように闇雲に音を付け加えていくやり方は果たして良いデザインなのだろうか? それでなくても喧騒感が高くて落ち着かないのが今の駅なのに,これで視覚障害者にとって本当に使いやすくなるのだろうか? そんな疑問が湧いてきた。そして,そうだここでこそ音環境のユニバーサルデザインが必要なのだ,と思った。
すべての人にとって良い音環境を作ること,これが音環境のユニバーサルデザインである。特別なデザインではなく,ごく当たり前のデザインが音環境においてもユニバーサルデザインであるはずと考えた私は,駅の音環境を思い浮かべてどうしたらいいのか考えてみた。すると,まずは現状よりも静かな駅をデザインするのが第一歩ではないだろうか?という考えが頭の中に浮かんだ。
最初から音を付け加えるのではなく,まず環境騒音のレベルを下げる。そうすると喧騒感の元にもなっているアナウンス放送のレベルを下げることができる。周りが静かになれば,当然アナウンスも聞き取りやすくなり,人が階段を降りる足音や,券売機で切符を買う時の音など,元々あった音が様々な情報を知らせてくれるようになる。こうした上で,やはりあったほうが良いというサイン音だけ付け加えていったら,誰に対してもやさしい音環境になるのではないだろうか。
そう考えた私は,いろいろな調査を始めた。駅だけでなく,他の場所にもこの音環境のユニバーサルデザインの概念は応用できるのか,視覚障害者だけでなく高齢者にもやさしい音環境とはどんなものなのか,そんなことをテーマにアンケート調査をしたり,高齢者と一緒に街を歩いてみたりした。そうするうちに,高齢者の聞こえを考慮したデザインは,今のところほとんどなされていないことに気づいた。耳の聞こえが悪くなったら補聴器をつければいい,そんなふうに簡単に片付けられていて,音環境の高齢者対策は当人任せになっているのである。
様々な調査や検討を通して,私は音環境のユニバーサルデザインが環境騒音レベルの“標準”を下げ,現状よりも静かな状態を作ることから始まるという確信を得た。そして,この音環境のユニバーサルデザインの第一歩によって立ち現れてきた既存の音を活用し,やはり加えたほうがいいと判断される音のみをデザインして加える。こうして加えられた音は,ある人にとっては情報のための音であり,またある人にとっては演出のための音になる。これが,音環境のユニバーサルデザインであると思う。
また,音環境のユニバーサルデザインとはすべての人のための音環境デザインであると同時に,すべての人による音環境デザインであると考えることもできる。
音の問題だからといって,音に携わる者だけで何とかしようとせずに,より広い視点から多くの人々の協力を仰ぐことこそが,すべての人にとってやさしい音環境デザインになるからである。
人は誰でも歳を重ね,高齢者となる。やはり,将来の自分を標準に考えて音環境をデザインしていくことが,音環境のユニバーサルデザインをもっとも身近に考えることのできる方法かもしれない。このエッセイを読んでくれたあなたにもぜひ,音環境のユニバーサルデザインに参加してほしいと心から思う。
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音環境デザインコーディネーター。1989年九州芸術工科大学芸術工学部音響設計学科卒業。
(株)若林音響,千代田化工建設(株)等において建築音響,騒音制御,音環境デザイン業務に従事。
2007年九州大学芸術工学府博士後期課程修了。
日本騒音制御工学会理事。日本音響学会,日本福祉のまちづくり学会各会員。博士(芸術工学)。
セッション『商業空間の音環境』 座長:土田義郎・船場ひさお
平成19年4月26日(木) 於独立行政法人産業技術総合研究所臨海副都心センター別館(東京都江東区青海)
日本騒音制御工学会ホームページ